なんでか、急に

五平餅を焼くことになった!

 

 

みんな大好き五平餅。実は昨日からみんなで握ってもらっていたので、形も色々。人生いろいろ。

畑のトマトも彩りに。

夏バテどころか体重増加で悩んでます!

 

(さらに…)

食べられたらなあ

花桃の桃です。なんと美味しそうな実がついていますが、食べれない、こともないが、あんまりおいしくはない。

でも、試しにもう少ししたら、食べてみよう。

梅雨明けしたとたんに、猛暑続き。皆さん、本当に暑中お見舞い申し上げます!

なかなかこの暑さになれなくて、水分とれとれって言ってもガブガブ飲めるわけじゃないし、本当に大変。

冬の方がいいにって、いっぱい着込んでおこたに入っとればいいんだものっていう人が多い今日この頃。

それでも夏はワクワクするし、蚊取り線香の香りやひぐらしの鳴く声に小さい頃を思い出す。

それにお盆過ぎれば風は秋になる。

もうすぐ東京オリンピックも開催される。賛否両論ありますがばあちゃんたちはスポーツ観戦大好きだから、選手の皆さんの応援はあんきの中でいっぱいします。元気を勇気をいっぱいいただきこの夏を乗り切ります。

 

 

梅雨明け

夏が来ました。ミーンミーンと蝉が鳴いて、でも夕方は風が気持ちよくて、大好きな夏が来ました。

今年のあんきのトマトは美味しい!

いつも以上にに美味しい。夏野菜をまんま食べれるので最高の幸せです。

 

日の暮れかかった頃、ハナばあちゃと散歩。

ハナばあちゃ、あの山の向こうがお家だよって言ったら、大きな声でお母さーんって呼んでた。

私も一緒にお母さーんって呼んだ。

お母さーーん。確か入院して手術の後麻酔が覚めて一番辛い時、おかあちゃ、痛いよう、助けてよおってベットの中で泣いた。

ああ、ハナばあちゃはこんな気持ちなんだ。助けてはもらえない誰かに向かって切ない叫びなんだ。

悲しいようって、そうだね、悲しいね。

 

私事ではありますが

私の故郷は山間の小さな村です。今は平成の大合併で飯田市の一部となっていますが、限界集落の代表のような所です。

そんなところで母が頑張って生活しています。

昨日は父の命日でもあったので、母の所に行ってきたのです。

大好きな実家の裏の山、畑、お寺。

もうすぐ90になるのだけど、近所のおばちゃんたちと不自由ながら、介護保険のお世話にもならず、気丈に生きてる気の強い母を、リスペクトせずにはいられない、私。

 

お風呂大丈夫?と聞けば、いざとなったらももちゃと変わりばんこに見張っとってもらって入るで大丈夫。という。

96歳の2件となりのおばちゃんは、これからネギこぎに行くんな、生協が来るで今夜はすき焼きだよ、食べてくか?だって。冗談でもうれしいよ。

隣のおばちゃんもやっとこやっとこ一人暮らし。おばちゃんの息子に頼まれとるんだって。うちの母、安否確認を。

みんなで支え合って生きてる。みんなが声かけてくれて、こういう生き方に是非ご褒美下さい!

と叫ばずにいられない。

おばちゃんたちが私にいう。ミイちゃおかあちゃを連れて行かんでな。ここはこうやってみんなの生活を、暮らしを、生き方を保っているのだから。

わかるよ。誰一人欠けてはいけない小さな部落。

コロナ禍でも頑張るぞって、ここにはコロナ入れんようにしんとって、頑張ってる。同級生が民生委員で見に来てくれたり村中の人に見守られてる。

一度来て深呼吸してみて下さい。

 


正八幡宮神社の山百合も咲いてた。この香り、大好き。ここが大好き。

一日でも長くここで母が暮らせますよう祈る他ない。

炎天下のお墓の草取りのにはまいったけど、笑。

 

今日のメニュー

朝取りお野菜

昨夜の雷雨のため、ちょっぴり跳ね返りの土がついちゃってまづが鮮度バツグンです!

 

今日は、餃子パーティーです。

まず、切ってこねて

 

それからひたすら包む。みんなで包む!

 

いろんな形に愛を込めて

 

それから焼いて美味しくいただきました♪約500個、やっぱりみんなで作ると美味しいね。


 

 

 

今日の主役は…

88を無事にむかえることができました。ゆきこさんです。

ゆっくりだけど確実に元気になって、娘さん曰く、「母はあんきの人になっちゃって、幸せに暮らしてます!」です。

ミキサー食のゆきこさんにって宮下くんがエプロンして用意した握り寿司

 

クオリティーにこだわる彼は載せる事嫌がったんだけど、いいじゃない!

他の方もお祝いだあ、という事でちらし寿司

今月はまだまだ続く。うれしいハッピーバースデー!

 

 

七夕メニュー

今日は七夕。色のきれいなそうめんにカードを添えて、楽しく幸せな毎日でありますように…厨房スタッフからのメッセージ!

コロナが早くおわりますように、が一番多かった。

飯田地方は月遅れだから、8月7日に盛大に七夕祭りです。

笹の葉飾りもこれからなの!

7日は市内の麦わら祭り。遠くで見えました。飯田の夏が始まります。

お別れの日

とうとう、ひささんとお別れのその日が来てしまった。

約2ヶ月余り、食事が摂れなくなってからもゆっくりと、お孫さんとの約束を果たすかのようにひささんは頑張っていました。

お孫さんは音楽の先生で、6月末に音楽会を控えていてどうしてもおばあちゃんに集中できない日があり、どうしても、音楽会までは、という思いで、それでも仕事の合間には会いに来てくれて…。

ひささんはその音楽会の日の午後11時すぎにしずかに息をひきとりました。

ひささんは一人暮らしで、最初は通いをとうして小規模を利用していました。帰りには畑の大根やほうれん草を収穫してゆく明るいおばあちゃん。足の膝の手術から一人暮らしが難しくなり、泊まりサービスに切り替えました。

夜勤のお兄ちゃんたちに「あんちゃ、一緒に寝るかな?」と誘い、粋な会話が得意で漬物好きで、あんきが好きで思い出いっぱい残し、笑顔いっぱい残して、逝ってしまいました。

ぽっかり空いた空白にみんな戸惑ってます。でもひささんはきっと、そんな事じゃあ、だめだに!って私達のオケツを押してくれると思います。

 

95歳を6月2日に迎え、なんか奇跡が起こってくれると思っていたの。

食べれなくても気持ちよく目を閉じてるだけだと思っていたかったの。

小規模のみんながひささんの看取りをさせて戴き、成長できた気がします。まだまだ大好きなおじいちゃには会えてませんか?もうう少し毛賀の空の上にいてみんなを暖かく包んでいてほしい!

(おうちの方に許可をいただきましたので、)ひささんこと久子さん、本名で今日は簡単なサヨナラにします。久子さんがお盆が過ぎてあんきのすぐそばのお墓にはいったら、サヨナラします。

まだまだ未熟な私達を見ていてください。久子さん。ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

最後まで生きぬいて

この一週間は、とても悲しい一週間だった。

二人の方をお見送りした。

コロナ禍でご家族と思うように過ごせないはがゆさ。このお二人の方は、コロナさえなかったらご家族がいっぱい会いに来てくれ、一緒に外出し、とうてい私たちではできないなれない、親子の絆の強い方々でした。

95歳のお誕生日を迎える1ヶ月前くらいから体調崩し、段々と食べられなくなり、点滴も意味を持たなくなりお誕生日のその日にコトンと呼吸が止まり眠るように逝ってしまいました。

もしかしてお誕生日に間に合わないといけないと、前日花束を娘さんが持って来てくれました。お誕生会用の夏服も着ました。でも、がんばって6月15日を迎えてリクライニングでフロアに出て皆さんにお祝いしてもらいました。そしてその夜でした。

この優しい笑顔が大好きでした。

みんなで、最後までくちずさんでいたももたろさんとどんぐりコロコロを歌いさよならしました。

 

 

そして、あんきのお父さん。あんきのフロアを案ずるようご自分の場所でそっと旅立たれました。

大きな病気を抱えながらも、素振りも見せず口癖は「大丈夫大丈夫、俺は柔道やってたから体に自信があるんだよ」でした。どんな行事もお父さんの仕切りがないと始まらないのです。

昨日、最愛のご家族の元の帰られました。

 

やり遂げた感が全くなく、ポッカリ穴が開いてしまった。たぶんみんなそうだと思う。

たくさんのこと、体と心と、そしてご家族から教えていただきました。一人一人思いが違って、うまく添うにはまだまだ未熟です。もう一度初心に戻り、人に接することの重大さを学んでいきたいです。

お別れはつらいですが、せめてあんきらしく笑顔で明るくさよならします。

ほんとうに、ほんとうにありがとうございました。私たちの事も、できたらずっと見ていてください。